アタマの中に花咲かせよう!

ハッピーになる考え方について書きます

子どもの頃の勘違い

うちの家族は正月やお盆などには、たくさん親戚が来た。
そこで、ワイワイする。
僕は子どもの頃、同席してたが、大人の話は分からない。文脈もよく分からない。話に入りたかったけど、入れなかった。それが僕の心のキズ。
でも、本当は、なんでもよかったから、優等生的考えじゃなくていいから、声を上げればよかったのかも。でも、それもたぶんしたと思う。それが、シーンとしたとか、ソンなこと言うなとか親に言われたとか。そういうことがあって、声を出さなくなってはしまったのではないかな。

でも、その居たたまれなさとうらやましさを、まだ、子どもだからという扱いを受けた寂しさを、大人との違いである、酒とタバコのせいにしたのかもしれない。
親とか大人のせいにしたくもないし、自分のせいにもしたくないから、それは自殺的だから。親とかは自分そのものと同じだから。

だから、酒とタバコのせいにしたのかも。
だから、そこで拗ねた自分は、酒とタバコは大人になってもやらないって決めて、言いたかったのかも。
それは、ある意味拗ねただけのことだった。
拗ねる方向性をそっちに向けたということ。