アタマの中に花咲かせよう!

ハッピーになる考え方について書きます

自分を責めるのではなくて、ただ訂正。

よく自分を責めてはいけないと言ったりする。
確かに必要以上に自虐的になることはない。
誰しもそういう経験があるから、気持ちが分かるから「それも仕方ない」位にいうかもしれない。
でも、責める必要はない。
ただ、改める必要がある点は、改める必要がある。
改めるというのは、どこかで自分で誤解してしまった点を元に戻すということである。
それは、マイナスにふれた針をゼロに戻すだけと考えたらよい。自分を矯正するという考えではなくて、身構えたような、それこそ「責め」の姿勢ではなくて、ただ本来に戻るだけ、という見方である。
悲観的になる必要がないことで、悲観してしまうのは、過去に誰かに「そういうものだ」という趣旨で言われたとか、過去そういう経験をしたが、「嫌だ」という自己主張をせずに、心に引っかかったままだとか、またそういう経験をするんじゃないかとか想像してて悲観的になってしまうとか。でも、それは誤解だったり勘違いだったりする。だから、それを正常な見方に戻すというそれだけのことで、前提としての人間が矯正が必要ということではない。
いわば、おめでたいかもしれないが、性善説だ。