アタマの中に花咲かせよう!

ハッピーになる考え方について書きます

仕事ができるできないで人の価値は変わらない

仕事ができるということと、人間としての価値は別である。
仕事ができるということが、価値あり、認められるといわれがちだが、仕事ができるということは、ただ単にそのとおり、仕事ができるということである。当たり前だが、それ以上でもそれ以下でもない。
例えば、考えて頂きたいのだが、戦争中、仕事ができるということは、戦闘機を上手に操る能力だったり、戦車を操作する能力など、戦果を上げることが、仕事ができるということだった。
しかし、それは、いつの時代にも通用することだろうか?普遍的だろうか?
いや、その限られた時代だけの、仕事能力である。
現代も同様である。
仕事ができるとは、その時代においての仕事能力である。もちろん時代で変わる。
言いたいのは、だから、仕事能力なんて、新しく見方が変わるっていうのもあるけど、仕事ができるできないなんかで、囚われる必要はないということだ。戦車が上手く運転できれば、それはそれで、褒めるし、褒められたら、喜べばいいが、ただの人である。それに、戦車を運転する能力は必要無くなる時代が来るかもしれない。
だから、仕事ができるできないに、拘ることはない。